あの方の歴史 5
第二次世界大戦後のパリ、そしてクーチュール界は、その間にすっかり図式がぬりかえられてしまっていました。
シャネルの活動分野が、たとえば芸術面であったとしたならば、年をかさねることで、深さやひろがりが出て、新境地が拓けたかもしれないが、常に新しさだけを追い求めがちなモードの世界では、彼女のカムバックへの計画は殆ど無謀に近かった。
無名ならばまだしものこと、1920年代、30年代にあれだけの名声と成功をえてしまった女には、栄光の過去はかえって障害にさえなった。
第一、若い人たちはシャネルの名をもはや知らないし、憶えている人々にとっては、つい昨日の戦争中のシャネルの行動は決して咀囑できはしなかった。
生活に困っているのならばまだしものこと、豊かに暮らせる身分なのだから、金と嫉妬と競争に渦巻く世界へ、なにも好んで逆戻りする必要は全くなかった。
それでもしゃにむに、シャネルはパリに帰って、もう一度店を開こうと思い込んだのです。