彗星と占い
師任の勘文をみると、二つの天変が記されています。
一つは、彗星が11月27日に南天に現れて北天を指していましたが、12月4日以後は見えなくなったといいます。
師任は、『天文録』から『荊州占』・『乙巳占』・『雑災異占』の三種の書物を孫引きして兵乱が国家を揺るがすことになるといいます。
この密奏を読んだ人々が連想したものは何だったのでしょうか。
遠く奥州の地で泥沼の様相を呈している内乱(前9年の役)だったのではないでしょうか。
永承6(1051)年、陸奥守藤原登任は、奥六郡を支配して貢納を怠る安倍頼時の討伐に自ら赴いて惨敗しました。
朝廷は威信を回復するため、源頼義を鎮守府将軍に補任し、安倍氏の追討を下命しました。
しかし、源頼義は安倍氏を一度は帰順させたものの、その後に起きた衝突から源頼義が安倍貞任を諌殺しようとしたため、安倍氏の一族は貞任をかばって再度の挙兵を決意しました。
このいきさつをみた安倍氏の縁者も源頼義を見限って安倍頼時の軍陣に加わり、追討軍が振るわないことを明確にしてしまったのです。